昭和52年11月10日 月例祭



 神恩報謝の生活をさせて頂くことが、信心者の生活態度だと言われております。神恩報謝の生活。そこで、いわゆるお礼を申さずにはおられんと言う心の状態というものは、願わずにはおれない、縋らずにはおれないと言う信心が元であります。願う。そこからおかげを知ることが出来る。おかげの世界に住まわせて頂いておることを気付かせて頂くのです。そこから神恩報謝の心が生まれてくる。その神恩報謝の心で、日々の生活に取り組ましてもらう。それが神恩報謝の生活。
 今朝、朝の御祈念の後に、善導寺の原さんが、昨日御親戚のご祝儀で、筑豊地区の方へ行っておられました。それで、久しぶりに寄らして頂く親戚で、まあ色々お話をする。お話をしておれば、やはり信心話になります。そこのお祖父さんという方も大変信心好きな方で、お不動様かなんかを一心に拝まれる。で、原さんの話を聞いて、「私も朝に願い夕にお礼を言うて日々おかげを頂いておる」という話をしておられた。
 ところが数日前に、お先祖祭りをなさった。お坊さんが見えられて、御法事が終わった後に、やっぱり同じ「朝に願い、夕にお礼を言う感謝の生活を送らして頂いておる」ということを話されたら、そのお坊さんが言われることに、「朝のお願いの信心はいけません。夕に心からお礼を言うておればそれでいいのです」。朝に願うと言う事は、信心ではないように言われる。
 話を聞いて「ああそうですか」と言うて、まあお坊さんとお別れしたものの、どうしても合点がいかん。毎朝毎朝御祈念をして、お不動様にお願いをされる。で、今日も無事であったと言う事をお礼を言う毎日が、朝は願わんで良い。願う信心は間違った信心のように言われる。仏様でも神様でも願わんでも、それこそお慈悲を讃えておられるお方でありますから、私共が願わんでも頼まんでもおかげは下さるんですよ。だから晩休ましてもらう前にお礼を言えばいい。
 もう実に立派なお話のようですけれども、皆さんはどうでしょうか。もう信心が少し高尚になったり、これは世の常識者と申しましょうかね、人たちは皆そういうふうに言います。お願いをする。ご利益を頂く。「そんな信心はおかしい信心だ。程度の低い信心だ」というふうに決め付ける人たちが多い中にです。金光様の御信心は、もういよいよ以て、願わずにはおられない。縋らずにはおられない。「信心が分かれば分かる程、自分自身が分かれば分かる程、願わずにはおられない。
 縋らずにはおられないと言う事になってこなければ、本当の信心ではない」と最近合楽では申しております。いわゆる「願いの信心というのが最高峰だ」と申しております。 成程、神様でも仏様でも、氏子可愛いという慈悲の心、親心、神情、神愛とでも申しますか、の心が一端のやはり神様であり、仏様でもありましょうけれども、その神様やら仏様に、自分の、言うなら我情や我欲で願うのではない。いよいよその神様やら仏様の願いが成就することの為の願いである。
 私共人間一人一人の上に、お道の信心で言うなら、天地金乃神様の願いがかけられておる。「氏子信心しておかげを受けてくれよ」という願いがかけられておる。その願いがかけられておる私共一人一人が段々信心をさして頂くようになって、その神様のお心が分かるようになり、そして神の願いが分かるようになり、私共にかけて下さる神様の願いが分かるようになる。そこでそういう願いが成就致しますように、いわゆる神の願いが地上に成ることを願わずにはおれないと言う事になってくるのです。
 神の願いが地上に成った時に、言うならば神人共栄の世界が開けてくる。「神も立ち行き氏子も立ち行く」いわゆる親と子が相よかけよで、いわゆる合楽の世界を開くことが出来るというのが金光様の御信心だと思う。いよいよ自分というものが分かってくる。分かれば願わずにはおられない。もう本当に願わずにはおられない。ここからそこまで行くことでも、神様のお許しを頂かなければ行けん。そこまで行くことでも、神様にお願いをしないでおられん。
 それでそこまで行って帰ったら、やはりお礼を申し上げずにはおられない。昨日一昨日でしたかね、お湿りがあった日でした。四時の御祈念を終わらして頂いて、柏手をして立とうとしましたら、ザーッとこの上が鉄板ですから、お湿りの音が聞こえてきた。立とうとしよりましたけれどもまた座り込んで、お湿りを頂いておると言う事を神様にもう心からお礼を申させてもろうた。もう本当に立たれん様な感動を覚えるのです。
 信心の心というか、または願う信心というか、そういう願うたり自分の信心の心というものが神様へ向かわせて頂いておると、お礼の言い損ないがない。お詫びの言い損ないがない。詫びるところを詫びる。詫びれば許してやりたいのが親心、許される世界に何時も住んでおれれる心というものが、そういう世界である。願わずにはおられない。そこに願い以上のおかげが受けられて、神恩報謝の心がいよいよ篤うなる。
 その神恩報謝の心で、全ての事にお仕事に人間関係の上に、全ての事に当らして頂くという生活。そういう信心生活を願い求めさして頂く時にです。信心を研究する、勉強すると言う事になると、その先程のお坊さんの話じゃないけれども、確かに神様でも仏様でも、人間が苦しみゃよいがとか、難儀をすりゃよいがと言う様な仏様神様はない。どうぞ「信心しておかげを受けてくれよ」という願いに溢れておられる。
 それでも私共の、ただそれを知っておるだけでは、いわゆる神様に通うような、次の奉仕の内容が充実する、言うならばお仕事が出来ません。信心を段々進めて参りまして、力が付いてくるというかお徳が頂けてくる。そういう時には、もう神様が慕わしゅうして、慕わしゅうしてと言う様な心が開けてくる。お参りがしとうてお参りがしとうてたまらんというような心が開けてくる。そういう時には必ず信心が血に肉になっていっておる時です。ところが人間は、中々そういうばっかりには行かんことがある。
 言わばお参りがしとうのうなったり、じゅつのうなったりする。朝参ろうと決めておってもしるしい。そういう時には、言うなら信心が言わばスランプの状態になっておる時であります。そこで信心の稽古をさして頂く者は、そういう時を大事にしなければいけません。そういうところを大事にさしてもろうて、そのスランプを乗り越えたところに、また一段と自分の心の中に開けたものを感ずる。
 信心が楽しいとか有難いとか、愉快にと申しますけれども、それがそんなに何時も楽しゅうして有難うてという時ばっかりはない。人間ですから。スランプ、心の状態が神様にどうも向かんような時がある。そういう時を、私は大事にすると言う事が信心が手厚いんだと思うんです。「もう有難うして、お参りしょうごうしてこたえん」と言う時には誰でもお参りが出来る。信心をしておると必ずそういうところに出ることが出来ます。けれども、どうも算盤高うなったり、毎日参れば何時間いる。
 お初穂もいる。お賽銭もいると、まあ計算なせんにしても、どこでかそういうものを心に考えてくるようになりますとです。もうお月次祭の時だけで良かろうとか、まあ自分で信心を細く狭くしてしまうような時があります。だからそう言う所を大事にして行く信心がいよいよ大事なんです。まあ稽古事すべてそういうものでしょうけれども、特に信心は、私共が力を受けなければならん。お徳を受ける。その徳を受けると言う事が、信心の眼目ですから、神様がおかげを下さろうとしておる。
 だから、こちらは願わんでも下さると言うのであって、私共が信心をさしてもらう、願う、願わしてもらう。そこから願い以上のおかげが頂けるから、勿体ないということになってくる。三代金光様が、御年わずか十三歳、数えの十四歳の時から、御神勤奉仕をなさる。お父君二代金光様がお隠れになる。もう摂胤で、金光様のお名前が摂胤と申し上げる。で、御広前は勤まります。だから、その伯父さんにあたられる先生方に、遺言をして、お隠れになりました。
 それで十四の歳から御神勤なさる。まあ言うなら、遊びたい盛りの時であります。それを、朝から言うなら朝の四時から夕の四時まで、御神勤になる。「もう初めの間は、本当に辛うて辛うてよう泣いた」と御述懐になっておられます。その辛うて辛うてよう泣いた。けれども、親様が「座っておれば楽じゃ」と仰せられたから、座っております。ところがなかなか楽ではなかった。けれどもそこを「泣く泣く辛抱しておりましたら、第一思うことがなくなりました。
 欲しいものがなくなりました」もう金光教の信心の一番最高の境地ですね。我情我欲自分の思う事がなくなる。ああしたいこうしたいという思いがなくなる。第一欲しいものもなくなってきた。いわゆる我欲がなくなってきたというのです。ですからどうでもその我情我欲を離れたそこに、神様にお守りを頂いておる。神様の願いが分かる世界がある。我が身は神徳の中に生かされてあるなあと言う事がです。例えば水の中に浸って折る様な実感が頂けて来る様になるのですから、いよいよ有難いものになってくる。
 金光様のお言葉の中に、一番信心で大事なことは、「辛抱することが一番大切であります」とおっしゃってる。だからその辛抱がです。もう有難うして、勿体のうして、愉快で楽しゅうてという時ばっかりはないのです。言うならスランプの時期に入る時はありますけれども、そう言う所を、「一つ泣く泣くでも辛抱し抜かなければいけません」と教えておられる。そこにはね、言うならば願う世界が開けてくる。そして何時も願い以上のおかげを受けておると言う事になる。
 「願い以上のおかげを頂いておる。それで又お礼の足りないお詫びばかりをしております」と言う様に、金光様の御晩年の頃の述懐のお言葉でありますけれども、信心の私は世界というものはね、ただこの世で幸せをする。この世で商売が繁盛する。家庭が円満であれば良いというだけではなくて、そういう商売繁昌、家庭円満、言うならば健康に恵まれるというおかげの頂けれる程しのお徳というものを頂かせてもろうて、そのお徳が「あの世にも持って行け、この世にも残しておけれる」と言う事になるのです。
 これは分からない実際が分からないけれども、ははぁこれを徳というものであろう。これがあの世にも持って行けるものであろう。この心の状態が、このまま魂の世界に続くと言う事をです。段々確信が出来るようになり、言うならば死後または死生観と言った様なものが確立してくるわけなんです。それが信心の言わば究極の願いなのであります。そういう心が、いよいよ絶対のものになってくるおかげを頂かしてもらう。
 こう、お話を聞いて頂いておると、成程神様は氏子の上のことを願って下さるから、「私共がどうして下さい、こうして下さいと願わんでも、ちゃんとおかげは下さるんですよ。だから、晩に一遍お礼ば言うとけばよい」と言った様なものではないことが段々分かって参ります。いや事実私共は、もう願わずにはおれないことばかりである。いいや自分が分かれば分かる程、今度はもう本当にすがらずにはおれない。いよいよ我無力、自分に力がないのだ。
 ちょっとそこまで立って、お便所に立たせて頂くでも、例えばお食事をさせて頂くでも、平気でこうやってご飯を頂いて、美味しゅう頂けると言う事が当たり前の様にあるけれども、実際はおいしく頂かせて頂く事を許されておるからである。四五日前に千代田さんと言う所の、今日も丁度研修半ばに、お友達を二人お導きして参って見えたお婆ちゃん、先月丁度今日が亡くなられて四十九日であった。お父さんが亡くなった。
 私が北京時代に、杜氏(とうじ)さんで来ておられた方ですから、もう若い時から、親戚のようにお付き合いしとりますから、それで式には私も参りましたんですけれども。丁度四五日前に、長男の達雄さんというのが四十九になりますそうですが、お仕事に行っておる際、自動車を運転して行きよって、どうもおかしいおかしい。だから横におる人に「運転を替わってくれ」と言うて、言う様な状態、そして半身が言う事利かなくなってしまった。でそのまま病院に入院する。どうもおかしい。
 何時も大体信心が好かん息子ですから、お婆ちゃんどんがあんまりお参りするから、あんまり好かん。先日もそこの合楽食堂に、好きですから飲みに来てから「おばさん、まあだ金光様に参りよんの」ちゅう。「参りよるくさ、毎日参りよるばい」ちゅうたら、「そげん、ばかんごたる毎日参らんでよかが」ちゅう。「あんたそげんこと言うと罰被るばい」ちゅうちから、まあ心易い中ですから言いよった。そしたら、四五日後に、そんな倒れたるけんで、中村さんが参って見えて、「本に悪いこと言うた。
 あげなこと言わにゃ良かった」と言うて、言い当てたようなことであった。すぐここにお願いに来ましたから、お願いさせて頂いたことですけれども、朝方どうもこうやってご飯食べよったら、茶わんばとり落としたちゅう、そればってんまあ誰でもそう言う事ありますから、よもや中風とも思わん、まあだ五十ぐらいの若さですから。して朝出掛けに、娘がお願いにきて言う事です。片一方の手ばこういうふうにして抱えよるげな。どうしてあげなかっこうしよるじゃろかと。
 したらお婆ちゃんが腰悪うくて休んどるところへ行ってから、「お婆ちゃん、あんた今日は金光様に参んの」ちゅう。それから「参るごたるばってん。私は腰の痛うして参られん」ちゅう。もう「ああそうの」とも言わずに、そのまんま仕事に出掛けて行ってからのことであった。だから後から言うんですよ。その娘が「あんたどんのお父さんが、お婆ちゃんが金光様に参んのならお願いしてしてくれの、どうか今日は妙な、お願いしてくれんのち言いたい気持ちじゃっただろう」とこう言うのです。
 ですから実際茶わんを持って、こうやってご飯を頂いておるけれども、頂かせて頂いておるのであり、許されておると言う事が分かるでしょうが。ですから本当にもう願わずにはおられん、縋らずにはおられん事ばぁっかりなんです。そしてその願いすがらせて頂く一日であって初めて、本当に願うておったことが、あれも成就した、これも成就したと言う事になり、いや願い以上にこの様なおかげを頂いて、と言う所に本当の意味においての、神恩報謝の心というものが湧いてくるのです。
 その心がまた次のおかげをキャッチして行くと言うか、受けて行く受け物になって行くのです。天地の親神様の願いが分かる。信心が段々深くなってくると、神様が私共氏子の上に、どうあってくれこうあってくれよと、言うなら切なる願いをお持ちになっておられる。その切なる願いが、こちらに少し分かって来る様になる。そこで私共がその神様の切なる願いに応えるように、どうぞ健康でもありますように。家庭が円満でもありますように。子孫繁昌家繁昌のおかげもまた頂けますように。
 そうして家庭勢を揃えた信心が出来まして、家庭勢を揃えてあなたの御用が本当に出来ますように。出来るならば神様あなたの手にも足にもならして頂く程しのおかげも頂かして下されいと言う様な願いがなされる様になる。これが合楽の五つの願いである。その五つの願いが心から願われる。そういう願いがです。最高だというのです。神の願いを願いとしての信心。だから神様の願いと私共の願いがここに(柏手を打たれて)「パン」とこう、一つになって音を出すような働きがそこから生まれてくるんです。
 同時になら私が言うならいよいよ無力、ご飯を頂いとります。茶碗も持てとりますけれども、そんなら今の達雄さんに「なら茶碗ば持ってみんの」ちから、こげんなっとっとに言うたっちゃ持てんでしょう。その言うならば運転をして行きよったそうですけれども、自分で感じたんですねやっぱり、それで横に乗っておる人が、妙なふうじゃあると思うて、話し合いが出来て替わって止めた途端に、体が動かんごとなっておる。そのまま病院に担ぎ込んだというのですからね。
 私共が動いとるとか、歩いておるとか言いますけれどもね、本当におかげを頂かなければ、動くことも言うならば歩くことも出来ないんだと言うことが分かれば分かる程、願わずにはおられない、すがらずにはおられないと言う信心。その願いがどこが悪いか、人間無力であるという事実に、言わば直面した時、初めてそれが分かったんでは、もう遅過ぎる。そこんところを私共が分からして頂いて、日々を願いすがらしてもらう、そして神恩報謝の心がいよいよ募ってくる。
 その心で信心を進めて行く。進めて行く上には、本当に嬉しゅうやら楽しゅうやらということばっかりではない。確かにお前が正しかった時代もあったけれども、今度はそうではない時に、私共が直面した時に、そこの所の言うならスランプの状態の時に、そこを泣く泣くでも辛抱しいしいにして行く内に、自分ではどうにも出来ない我情もなくなり、我欲もなくなり、神様の神徳の世界にある事の事実が分かる様になって生まれて来る所の神恩報謝でなからなければ、本当の神恩報謝ではないと思う。
 「真に有難しと思う心、すぐにみかげの初め」と仰せられるが、「真に有難し」というのはそういうもの。「お願いをしておかげを頂いたから有難い」と言うのではない。「神徳の中に生かされてある」というその実感が湧いて来る様に、有難いものが頂けてくるようになる。その有難いという心に催されての日常生活であり、家庭生活であるのです。そういう信心を、目指さして頂くと言う事を最近もう毎日、いわゆる「願いの信心」。「願いの信心」と言う事が言われております。
 ただ「すいません。用のある時だけお願いに来て」とか、「用のある時だけお頼みしてすいません」と言う願いではなくてね、神様の願いに立っての願い。同時に自分がいよいよ無力であると言う事が分かれば分かる程、縋らずにはおられないという「願いの信心」これが最高だ。これが本当のおかげ、いわゆる願い以上のおかげにもなってくるおかげが受けられると言う事を今日は聞いて頂きました。
   どうぞ。